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コラム

2025/12/14

長引く咳の検査 モストグラフのご紹介

当院では呼吸機能検査機器の一つとして、モストグラフを開院当初より導入しています。まだ新しくて馴染みのない検査法なので、ご紹介したいと思います。

モストグラフ(MostGraph)とは

モストグラフは、呼吸の状態を「気道抵抗」としてとらえる新しい呼吸機能検査です。正式名称は「呼吸抵抗測定(FOT:Forced Oscillation Technique)」で、大きく息を強く吸ったり吐いたりするこれまでの検査とは異なり、通常の安静呼吸を行うだけで気道の状態を別の視点から把握できます。特に、胸部レントゲンや従来の検査法(スパイロメトリー)では捉えにくい“末梢気道”の状態も調べることができるので、長引く咳や息切れの原因検索に役立つ検査です。しかし、たくさんのデータ項目が得られるため、その解釈が難しい検査でもあります。

検査の流れと特徴

モストグラフの検査方法は、マウスピースを咥えて約30秒間、普通に呼吸するだけです。測定中に機器からポッポッポっとわずかな振動が伝わります。ほとんどの場合で痛みや息苦しさはありませんが、呼吸状態が悪い方は少し呼吸のしにくさを感じるかもしれません。従来の呼吸器の検査のように力を入れて息を吸ったり吐いたりする必要がないため、以下のような方でも楽に検査を行うことができます。

  • 咳が強い方
  • 高齢の方
  • 小児
  • COPDや喘息で息切れがある方

検査に必要な時間も短く、身体的負担が非常に少ないのが特徴です。当院では霧状の気管支拡張薬を吸入してから20分後に再度モストグラフを行う、可逆性試験も実施しています。

モストグラフで何が分かるのか

モストグラフでは主に以下の指標が数値およびカラーマップで得られます。

  • R5(全気道抵抗):気管から末梢まで全体の抵抗
  • R20(中枢気道抵抗):太い気管支の抵抗
  • R5–R20(末梢気道抵抗):細い気管支の状態を反映?(異論あり)
  • X5(気道の弾性・たわみ):気道が硬くなっていないかを評価
  • Fres(共振周波数):気道病変の進行度を示唆(1秒量と密接に関連)

これらの情報により、症状の原因をより正確に把握できます。特に、以下の疾患や症状の評価に役立ちます。

  • 咳喘息の診断
  • 治療薬(吸入薬)による効果予測と有効性の判定
  • COPDの気道変化の評価

気道の異常を“見える化”

咳が続いている患者さんの中には、従来の呼吸機能検査であるスパイロメトリーでは異常がない方が多くいらっしゃいます。これは、スパイロメトリーが主に太い気管支(中枢気道)の情報を扱うのに対し、咳の原因がより奥の細い気管支(末梢気道)にある場合は検出が難しいためです。特に咳喘息では病変の主座が抹消気道にあると考えられており、喘鳴・息苦しさといった気管支喘息に典型的な症状がない咳喘息では、モストグラフが唯一の診断根拠となることをよく経験します。
このようにモストグラフは、“見逃されがちな末梢気道の異常”を敏感に捉えられるため、長引く咳の原因解明に大きく役立ちます。

モストグラフによる気道可逆性試験

気管支喘息の特徴は、気管支の病変が時間帯・季節・治療薬などにより大きく変化することです。そのため気管支喘息の診断方法として、気管支拡張薬吸入後にスパイロメトリーを行う気道可逆性試験があります。1秒量が200ml、かつ12%以上改善した場合に喘息と診断するのですが、病変の主座が抹消気道にある咳喘息では1秒量が正常であることが多く、可逆性を証明することが困難でした。モストグラフは抹消気道の状態も鋭敏に反映するため、気管支拡張薬吸入の前後でモストグラフを比較する気道可逆性試験も有効です。気道可逆性があると判定する基準は幾つか提案(ERS task force、加藤、Watanabe)されていますが、当クリニックでは自験例の解析結果からERS基準を採用しています(2024年4月〜10月の自験例:感度83.3%、特異度85.0%、AUC 0.84)。

このように気道可逆性試験からは非常に重要な情報が得られますが、時間がかかるという欠点があります。モストグラフを施行後に気管支拡張薬を吸入(5分)→20分待機→モストグラフを再検査(5分)と、気道可逆性試験を行わない場合に比べて30分ほど長く時間がかかってしまいます。スパイロメトリーを組み合わせた場合は更に30分ほど時間を要します。長引く咳で受診される場合は、時間に余裕を持っての受診をお勧めします。

検査有効例のご紹介

20歳代 女性

10日ほど前に咽頭痛があり、その後咳と鼻汁が続き当クリニックを受診されました。鎮咳剤、去痰剤、抗ヒスタミン薬を処方し、鼻汁は良くなったのですが咳が続き再受診されました。喘息の既往なく、妊娠が判明したとのことです。胸部聴診では異常ありません。スパイロメトリーでは異常なく、フローボリュームカーブは咳のため評価不可です。呼吸NO検査も正常内でした。

モストグラフでは、正常な場合は緑色を示すのに対して赤色や青色が目立ち、気道抵抗が高いことがわかります。気管支拡張薬吸入後にはモストグラフの色が緑色に改善しています。ERS基準で可逆性が認められ、咳喘息の可能性が高いと判断しました。吸入ステロイド薬と気管支拡張薬の配合剤を開始し、2週間後には咳がほぼ消失していました。妊娠が判明していましたが、吸入薬の必要性をしっかり判断できました。

最後に

「咳が長引いている」「咳喘息が心配」といった方には、モストグラフ検査は非常に有用です。当院では、症状だけではなく検査結果をもとに内服薬・吸入薬の種類・回数の調整を提案します。また、血液検査でのアレルギー評価と生活指導など、患者様に適した治療をご提案します。
呼吸の症状でお困りの際は、どうぞお気軽にご相談ください。モストグラフも活用し、より正確で安心できる呼吸器診療を提供いたします。

 

参考文献

モストグラフ手引書 https://sites.google.com/chest-mi.co.jp/mostgraph-guidebook

Eur Respir J 2020; 55:1900753

加藤冠, 田中裕士 アレルギー 2018;67(6):759

H.Watanabe et al. Ann Allergy Immunol 2019;122:346